人体で骨と歯以外に、死んでからも長く残る組織はどこでしょうか。そう聞かれて「髪の毛」と答える人は多いでしょう。確かに、髪の毛は人体そのものが死んだ後、ミイラになっても残っていることが少なくありません。髪の毛もたんぱく質でできているとすれば、そのたんぱく質こそ、人体で一番「丈夫な」たんぱく質であるといえるかもしれません。

そのたんぱく質を「ケラチン」といいます。毛髪中では、ケラチンはあたかも蛇がからみあったような格好をして、二個の細長いたんぱく質が抱き合っています。この抱き合ったケラチン二つがさらに集まり「プロトフィラメント」という細い束を形成し、さらにこのプロトフィラメントが八本束になって「ミクロフィブリル」を形成する。ミクロフィブリルがさらに束になって「マクロフィブリル」となり、これが毛髪中の死んだ細胞の内部をびっしりと埋め尽くしているのです。

さて、髪の毛を焼くと硫黄の臭いがするといわれます。実際はこのケラチンの成分がいやな臭いを出すのです。なぜ肉を焼くと香ばしい匂いがするのに髪の毛はそうではないのでしょうか。それがケラチンの特徴だからなのですが、ケラチンは髪の毛の主要なたんぱく質であると同時に、私たちの皮膚の最も外側にある表皮細胞の内部に充満する、いわゆる「角質」の本体としても知られています。

ケラチンは、そもそも細胞の形を内側から支える「細胞骨格」の主成分の一つですが、細胞の角質化にともなって細胞内に蓄積し、硬くなり、やがて細胞は死んでいきます。その「死」の過程が表皮であり、髪の毛なのです。